ゲーム考察の記事一覧

[ Category : ゲーム考察 ]

ゲーム雑誌とネットメディアの棲み分け

インターネットの普及とゲーム雑誌の関係

私はずいぶんと長い間、エンターブレイン社が刊行している「週刊ファミ通」(以下ファミ通)を購読していた。ファミ通は現行のゲーム雑誌では最も長い歴史を持ち、事実上業界最大規模の雑誌である。だが、ここ半年ほどゲームをほとんどプレイしていないということがあって、最近では購読を辞めて立ち読みすらほとんどしなくなっている。そんなわけで、以前までよりも一歩引いたユーザーとしての視点から、ゲーム雑誌とインターネットの棲み分けについて考えてみようと思う。

そもそも、なぜ私はファミ通を購入し始めたのか。それはまず、ゲームに関する最新の情報を手に入れたり、攻略情報を得るという目的が先にあった。それに加えて、本来ならばプレイしなければ分からない「面白そうなソフト」の情報をレビューや紹介記事で入手して、ゲームを買うときの指針にしていた。この辺りが最も大きな理由だろう。

だが、私がファミ通を買い始めた当時とは違って、これらの目的は現在ではネットでほとんど補完出来てしまう。ニュース記事は、各パブリッシャーのサイトを始めとした様々なサイトを利用することで、より多くの視点からより最新の情報を得ることが出来る。攻略記事は、ネタバレを避けようとするゲーム雑誌よりもはるかに早く、攻略本並みに詳しい情報が個人サイトを中心にすぐに流れる。レビューについても、主要なタイトルのレビューは多くのニュースサイトでプロのライターが公開しているし、実際のユーザーの視点からのレビューをまとめたサイトも豊富にある。加えて、「2ちゃんねる」のような巨大掲示板群や「mixi」のようなSNSサイト、あるいは多くの個人サイトや企業サイトを土壌として、ユーザー同士の交流が活発に行われる新たなゲーム・コミュニティもほぼ定着してきている。

こうして見ると、ネットというデジタルなメディアが既存のゲーム雑誌というメディアが占有していた領域の多くを侵食していることは明らかである。だが、だからと言って私はファミ通の購読を辞めてネットでゲームの情報を集めていたか、と言われれば答えは「NO」だ。もちろんゲーム自体への関心が薄くなっていたという理由が最も大きいのには違いないが、それを除いて考えてもネットを使うことは多分無かったと思う。なぜなら、私にはファミ通を長年購読してきたので、雑誌からゲームの情報を得るというスタイルが染み付いていたからだ。以下では、こうした私のスタイルを3つの点に分けて説明してみる。

ゲーム雑誌派の(ゲーム)ライフスタイル

まず、ゲームの最新情報について。早さや情報量の多さを見れば、前述の通り私はネットのほうが有利だと考えている。だが、私にとってネットで得られる最新情報は、それが発表されたという事実だけに過ぎない。もともと自分が興味を持っているソフトであれば、各パブリッシャーのサイトも見に行くし、様々なサイトからの最新情報も進んで読みに行く。だが、そうではないソフトについてはいちいちサイトを見に行ったりはしない。つまり、ネットは私にとっては「開いてはいるが閉じた」メディアなのだ。関心が無ければその記事のタイトルだけで読み飛ばすだけ。それ以上の情報を得ようとは思わない。

だが、ゲーム雑誌の場合は違う。同じ読み飛ばすにしても、タイトルの羅列が主なネットのニュースサイトとは違って、一度に目に入る情報が段違いに多い。それだけ、多くの記事へ興味を持つ確率が高くなる。加えて、ゲーム雑誌はネットよりも「見せ方」に気を使っているので、一度目に入れた記事が印象に残りやすい。それはつまり、多くの「面白そうな」ソフトと出会いやすくなることを意味する。同じ情報を伝えるにしても、メディアの違いというのはこういう所に出てくる。

次に、攻略情報について。そもそも私はゲームを一旦自分の力でクリアするまで攻略記事を見るほうではないが、実際に攻略が必要となった場合には、雑誌と攻略サイトとを使い分けることが多い。雑誌で攻略されている範囲内であれば、手元に攻略記事を置きながらプレイしたほうがはるかに楽なのだ。もちろん攻略サイトを印刷する、という手もあるが、いちいち印刷するのが面倒な上に、バラバラになってとても見にくい。だが、例えば雑誌では攻略しないようなマイナーなゲームや古いゲームのように雑誌の攻略記事も持っていない場合は、攻略サイトを利用している。

最後に、ソフトのレビューについて。私はこれは完全に雑誌派だ。ネットのニュースサイトなどに載っているレビューは少し冗長で、内容まで踏み込んでそのソフトの紹介を加えた記事になっていることが多い。詳しい内容を知ることが出来るのはいいのだが、あまり興味の無いソフトについてそこまで長い文章を読む気にはなれない。かといって、そういう記事はプレイした後に読んでもさして面白くないことが多い。また、個人によってゲームの嗜好は異なるのだから、個人のレビューは基本的には当てにしていない(もちろん、大まかな傾向(ロードが遅いとか)は掴めるのでそれなりには利用するのだが)。

私の場合、長年ファミ通を購読してきたので、ある程度レビュアーに信頼を抱いている。加えて、多くのゲーム雑誌が採用している「クロスレビュー」というシステムが私の求めるものに合致している。信頼が置ける数人のレビュアーが中立な視点から見た、そのソフトのランクと大まかな内容さえ知ることが出来れば十分なのである。後はそれを見て興味を持ったソフトについてだけ詳しく調べれば良い。

また、ファミ通の記事の中でも私が好きなコーナーに「ソフトウェア・インプレッション」がある。ファミ通の編集部員や外部ライターがお気に入りのソフトについての思い入れなどを語る、まぁ要するに読書感想文のようなコーナーなのだが、基本的にそのソフトをプレイしたことが無くても楽しめる内容になっている。ネットに流れている個人の感想文は、基本的に読み手がプレイしていることを前提としているものが多数派に思える。なので、こういうコーナーは私にとっては新鮮で、単純にゲーム好きとして楽しむことが出来る。

ライフスタイルという視点からゲーム雑誌とネットの棲み分けを考える

このように、基本的に私はゲームの情報を雑誌で得るスタイルに慣れているし、それを好んでもいる。よって、前述の通りネットでゲームの情報を集めることは少なかったし、これからもそうだと思う。そして、私はこの「ユーザー個人のライフスタイル」こそが、ユーザーの視点からゲーム雑誌とネットの棲み分けを考える上で最も大きなポイントになるものと考える。

例えば今の新聞とテレビ、ネットの共存関係を例に挙げてみよう。テレビとネットがそれぞれ現れたとき、新聞各紙ははそれぞれ無くなると言われたことがある。だが、実際はそんなことも無く、新聞は新聞で今も多くの人に利用されている。どころか、朝のテレビのニュース番組を見れば分かるように、ただ単に各社の新聞を読み上げるだけというニュースが意外と多い。ネットについても、主要なニュースサイトは新聞社が運営しているものであることが多い。つまり、新聞が無ければテレビやネットのニュースというのは存在し得ないのだ。ならば、なぜ同じニュースを伝えているだけなのにそれぞれ利用の仕方が違うのか。それこそがライフスタイルの違いなのではないか。

これと同じようなことがゲーム雑誌とネットの関係にも言えると思う。これまでに説明したとおり、いくら同じ情報を伝えていてネットのほうが即時性や内容の点で優れていたとしても、メディアの違いは表現方法の違いとして確かに現れてくる。そして、雑誌を選択する人は決して少数派というわけではない、ということだ。もちろんこのことをゲーム雑誌を発行している各社も受け止めて、更に雑誌というメディアの利点を生かした紙面作りを行ってくるだろう。そういった意味から、ゲーム雑誌が業界に対して持っている役割は、今も昔も変わらず大きいと言えるはずだ。

あとがき・感想

この期末レポート並みの長文を読んでくださった方なら、とりあえず「私はゲーム雑誌が好きである」事は感じてもらえると思う。だから、「ネットが普及することでゲーム雑誌はいらない」とか、「雑誌のレビューなんか糞」という極論を聞くといつも嫌な気分にさせられる。結局そんなのは受け取る側のスタイルの違いに過ぎないんだよ、と。(もっとも、そういう意見もスタイルの違いから来るものだ言ってしまえばそれまでだが)。まぁ、現実に今の私はゲーム自体から遠ざかっているわけであるが、いつかまた昔のようにゲームをプレイするときが来るとすれば、やはりゲーム雑誌を講読すると思う。

こんな記事を書いておいてなんだが、正直ユーザーの視点から見ればゲーム雑誌とネットの棲み分けなどどうでも良いことなのかもしれない。結局はそれを選択するのは各人の好みとライフスタイルによるものに過ぎないからだ。だが、そうした違いを感じて自分の好きなメディアを選択すること自体が、ユーザーの視点から棲み分けを考えているということなのかもしれない。

……まぁ、なら何でこんな記事を書いたのかと言うと、大学の講義で新聞とネットメディアなど「デジタル化されたもの」と「デジタル化されていないもの」の棲み分けについて考える機会があったので、それを自分の好きなゲーム関係にも適用してみたかった、という単純な理由であります(笑。

[ 2006/2/14 00:53 | ゲーム考察 | comment(6) | trackback(0) ]

ファミ通の歴史

1985年2月

ファミ通の前身である、パソコン雑誌『ログイン』の1コーナーとしてスタート。
  主にファミコンソフトの紹介・攻略がメインでした。


1986年6月6日

『ファミコン通信』創刊。
  主にゲームの攻略・秘技紹介がメインだった。しかし、始めのうちはかなり苦しかったそうだ。今でこそ、ファミ通は最も歴史があり、最も親しまれているゲーム雑誌ではあるが、その当時は全く違った。むしろ、当時では全くの新参者、最後発のゲーム雑誌だったのである。

『ファミリーコンピューターマガジン』『マル勝ファミコン』『ファミコン必勝本』。
  当時、隔週発売であるゲーム雑誌が争っていた。そこに、『ログイン』から独立するような感じで創刊されたわけである。しかし、『ログイン』が良く売れていた雑誌だった事もあって、少しファミコン専門誌をなめていたようだった。創刊号として刷った部数は70万部!これは専門誌の部数としては、異例の多さである。その上、TVCMをバシバシやっていった。

……しかし、結果は惨敗であった。15万部も売れなかったのである。8割近い返品。2号、3号と期待より売れず、宣伝費とあわせると数億円の赤字を出してしまった。そこに、大事件が発生する。創刊号で紹介した『ドラゴンクエスト』のレビューにラスボスの画面が写っていたのであった。当然かなりの問題である。当時の編集長が担当を連れて謝罪に行く事になってしまった。

このように、『ファミコン通信』は滑り出しから転んでしまったのである。


1986年9月

ネッキー誕生。現在もファミ通の表紙で生き続けている人気キャラクターである。


1990年6月

『ファミ通マンガ大賞』と呼ばれる一般公募のマンガ選考会が開催されるようになった。この企画から、現在もファミ通でご健在の近藤るるる先生や、望月あんこ先生が入選した。近藤先生は現在週刊ファミ通で『たかまれタカマル』を連載中。


1991年7月

このころまでにはファミコン通信はトップの『ファミリーコンピューターマガジン』と肩を並べるほどにまで育っていた。ゲームは子供のもの、という既成概念をあえて捨てて、子供と同じ目線に立って記事作りをする。そんな編集姿勢が受けたのである。そして、そのころ他の出版社はPCエンジンを始めとする、第一次ハード戦争期における任天堂ハード以外のマシンの専門誌を展開し、なかなかの成功を収めていった。そんな中、ファミコン通信は週刊化への道を歩み始めた。

当時ゲーム雑誌は隔週発売が常識で、『ゲーム雑誌では週刊はムリ』という定説があった。課題となる点はいくつもあった。週刊になるぶん、ただのゲームの紹介では毎週は読んでくれない。週刊誌としての常識を整えなくてはならなかった。しかし、一番の問題はスタッフの問題であった。半年の間隔週で刊行、月に一冊の増刊号。それがファミコン通信のスタッフ補強作戦であった。しかし、この作戦は見事に失敗。当時の編集長もあきらめの声を漏らしたという。だが、編集部員達はあきらめなかった。あきらめの声を漏らした編集長に対して編集部一団となって罵声を浴びせた。このような編集部員の熱意に引っ張られて週刊化はスタートしたのである。

しかし、書店や取次ぎ各社の反応は鈍かった。専門化が進む中、ファミコン通信の理念は他の出版社と異なっていた。ゲームファンにとって、ハードの垣根なんてない。将来を含めて、どんなゲームが遊べるか。それが1冊の雑誌でわかるなら、そのほうが良いに決まってる。

その考えは、見事に的中した。週刊化当初は販売数を落としたものの、2年もしないうちには隔週のときよりも販売数を伸ばしていたのである。


1992年4月

浜村編集長誕生。(ペンネーム:浜村通信 本名:浜村弘一 通称:ヒゲ)
  浜さんはファミ通創刊号のころからスタッフとして活躍。1990年には副編集長、1992年には編集長となった。ヒゲがチャームポイントのすばらしきお方である。


1996年1月

創刊10周年。誌名を『週刊ファミ通』に変更。
記念すべき『ファミ通』誕生の日である。私が愛するファミ通はここから誕生したのである。


1998年7月

ファミ通創刊500号。ファミ通部数倍増計画推進部隊、略して『ファミ部』結成。
  週刊ファミ通が創刊から500号を達成した。これを記念して秋葉原でイベントを開催。2日間での来場者数がなんと6万5000人!以下にファミ通が愛されているかが伝わってきますね。
  そして、忘れてはならないのがこの年にファミ部が結成された事である。初期のころはローカルテレビにファミ部の魂の証であるファミ部Tシャツを着て映るなどのゲリラ的活動が主であった。


2000年4月

アスキーから独立、株式会社エンターブレインと社名を変更。浜さんが代表取締役となった。その上、創刊600号を見事に達成したのもこの年である。本当にめでたい1年であった。


2002年1月

加藤編集長誕生。
  1998年から2001年までファミ通64+の編集長をしていたバカータール加藤が編集長に就任。更なるファミ通の進化を目指し、新たな歴史が始まっていくのである。


2002年4月

週刊ファミ通700号達成。
  この号は本当にすばらしかった。光輝くボディー。充実の内容。納得のコストパフォーマンス。すべてがすばらしかった。ファミ部も700号記念に多くの活動を繰り広げた。


2004年4月16日号

週刊ファミ通800号達成。
  700号ほどではなかったにせよ、豪華な内容だった。オマケとして初代ファミコン通信1号の復刻版とその表紙を飾ったキャラクター「べーしっ君」が描かれた手ぬぐいがもれなく着いてきた。(ちなみに、その手ぬぐいは未だにFamiの机の前に飾ってあったりする(爆。


2004年11月26日号

週刊ファミ通832号(ハミツー号)達成。
  700号より豪華なのでは?と言わんばかりの豪華さで迎えたプレミアム号。実は、この832号のイベントについて、1986年の創刊当時から「そんときはお祝いしたいね」という話があったそうな。けれど、当時の隔週刊ペースなら、832号に達成するには計算上36年の月日が必要となる。となると、当時の予定では2022年だということだから、浜村さんも感慨深そうに自分のコラムを綴っていました。
 で、内容はというと史上初!ファミ通編集部員が編集部を紹介するスペシャルDVDが付録になっていまして、普通では絶対に見られないファミ通の内部が見られてなかなか面白いものでした。

[ 2006/2/08 09:46 | ゲーム考察 | comment(3) | trackback(0) ]

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