良く生きる

昨日に引き続きサークル関係のお仕事などしているわけでありまして、まぁ要するに今日もこれといったネタはございません(マタカヨ。かといって、一度更新をサボるとまた昔のように一気に放置する恐れが十二分にあるので、とりあえず今日も過去の記事から引っ張ってこようと思います。

事件。

2004年6月半ば頃の出来事である。

その日、私はゴルフ部のメンバーとある橋の下の河原でバーベキューをしていた。皆かなり盛り上がり、時間も忘れて楽しんでいた。次第に辺りは薄暗くなってきて、上着が必要なくらいに冷え込んできていた。そんな中、「それ」は唐突に起こった。何やら上流の方から、人の様な大きな物がゆっくりと流れてくる。皆気付いていなかったようで、私は皆にこう言った。この時はまだテンションが高く、大事になるとは思いもよらなかった。

「オイ、あれ、何だ?人っぽいけど……誰よ?」

全員がそれに気付いた。そして、事態の深刻さに気付いた。人間が川から流れてきたのだ。ハッキリ言って、この時点で私達の殆どはパニックになっていた。無理も無かった。素性の知れない、生きているか死んでいるかも判らない人間が流れてきたのだから。

しかし、どうやらその人はまだ生きているらしく、腕を動かして私たちのいる岸に上がろうとしていた。この時点で、岸とその人の距離は10m程度で、ひざ位の深さの所だ。だが、私はその時、「助けに行こう」と思うことは出来なかった。怖かった。危険な人なのかもしれない。ヘタに近づけばナイフでも持って襲ってくるかも知れない。そんな考えが頭をよぎり、どうにも一歩が踏み出せなかった。

私がそうして躊躇している時、後輩2人が川に足を入れてその人を岸に引き上げていた。岸に上げられたとたん、その人はいきなり泣き始めた。見た所、どうやら50~60歳位の女性のようだ。そして、体を震わせて、寒さを訴えている。それを見たとき、私はすぐに行動を起こしていた。目の前で今まさに、人間が死ぬかもしれない。そう思うと、もう何も考えずに、体が勝手にその人の所に向かっていた。

そして、皆で協力して、その人ともかく平らなところまで運んだ。私はその時、頭の方を持っていた。だから、聞いてしまった。その時おばさんが、本当に辛そうな顔で言った、一言を。

「おばちゃん、死ななきゃならないの……。」

私は、一瞬言葉が詰まった。何と言っていいのか分からなかった。この人がどんなに苦しい思いをしてきたのか、私は知らない。私には、何も言うことが出来ない気がしたのだ。でも、私は叫んでいた。もう何も考えてはいない。ただ、私の率直な気持ちを、叫んだ。

「死ななければならない人間なんていない!おばちゃん、死んじゃダメだって!」

これが正しかったのか、私には分からない。でも、おばさんはその時、一言だけこう言った。

「ありがとう……」

その後は、全員で協力しておばさんの濡れた服を脱がせ、自分の服を架けたりしていた。間も無く救急車が到着し、おばさんは病院に運ばれていった。この時、既にあたりは真っ暗。私達は警察に事情聴取を受けた。幸いなことに、おばさんは怪我自体は大したことは無かったらしく、無事に一命を取り留めた。

反省。

さすがに私はこの事件の後の夜、まともに眠ることが出来なかった。何故おばさんは自殺をしようとしたのか。あの時の私の行動、そして発言は正しかったのか。そういう答えの出ないことを考え始めるとどうしようもなく、眠れなかった。

友達と一緒に河原でワイワイとバーベキュー。「幸せ」の絶頂と言ってもいいかも知れない。そこに突然現れた、「不幸」の象徴。この落差は、あまりにも激しすぎた。私たちが楽しく過ごしている時にも、一方では死を覚悟している人がいる。

何故私はあの時、川に入って助けることが出来なかったのか。「怖い」。それだけのために、人の命を見過ごしにしようとした。あの時はそんな事は考えもしていなかった。もしあの場にいたのが私一人なら、おばさんは死んでいたのかもしれない。自分の安全のために、「正義」を投げ出したのだ。助けることが「正義」だったのかどうか、私には分からないけれど。

私がおばさんに叫んだ言葉は、正しかったのか。少なくとも私は、「死ななければならない」という状況に追い込まれたことは一度も無い。おばさんがどんな理由で死ななければならないのか、私には分からなかった。そんな私が、あんな言葉をかける権利があっただろうか。それでも、おばさんは「ありがとう」と言ってくれた。それが本心なのかどうかは分からないけれど。

もし、あの場に私たちがいなければ。おばさんは確実に、死んでいた。そう考えると確かに怖い。が、私たちが今こうしている間にも、何処かで人は死んでいるのだ。死にたくないと願う人も。あの時、おばさんは自力で岸に上がろうとした。「死ななければならない」と言った。自殺する人の理由なんて、私には全く分からない。でも、おばさんは死にたくは無かった。それは確かだと思う。実際はどうなのか知る術も無いが。

……と、ウダウダと色々な事を考えていたわけだが、どれもほとんど答えは出なかった。この後おばさんと会う機会も無く、今も自分で納得の出来る答えは出ていない。

最近、ニュースで中高年の生活苦による自殺の増加が報道された。父親の知り合いも、自分に保険金をかけて自殺をしたらしい。家族が生きていくために。でも、本当に残された家族は幸せなのだろうか。死ぬ覚悟があれば、他の方法で家族全員で生き延びる方法もあったのではないか。しかし、私の父は言った。「今の世の中はそんなに甘いものじゃない。俺だって、本当にそういう状態になったら自殺するさ。覚悟ってのは、そういうものだ。」

私は実際、死ぬことが怖い。他人のために自分の命を捨てようなんて考えたことも無いし、そんな場面に出くわしたことも無い。実際に、私はあの時おばさんから逃げ出そうとした。その後助けに向かったのも、おばさんが危険な人ではないと分かったから、目の前で死のうとしている人間を見るのが怖かったからなのかもしれない。今の私には、「正義」を貫くことなど、出来やしない。

今でも世界中の何処かで、死を迫られている人は山ほどいる。ただ、目の前に見えないだけだ。あのおばさんもその一人だ。そして私はおばさんの選択に、どうこう言える立場では無い。でも、私は「死」を強要される状況に陥ったとしても、ともかく生きて自分の「信念」、そして「正義」を貫きたい。自分で死を選ぶのだけは、それが例え自分と、そして大切な人の為だとしても、絶対に御免だ。甘い、愚かな考えなのかもしれない。それでも、私は「死」が私を迎えるその日まで、与えられた時間を精一杯に生きたいと思う。

この事件を通して、私はそう考えている。

●Today's Background Music Album
  Travis 「12 Memories」、「The Invisible Band」

[ 2006/2/14 21:48 | NetaNote | comment(0) | trackback(0) ]

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