【NDS】風来のシレンDS
クロムアーマーは火迅風魔刀+99を弾き飛ばした!
火迅風魔刀+99は何者かに当たった!
「…………。……………いや、いやいやいやいやいやいや……嘘だろ!?いや、待て、待って、いや!あ、あぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ……うあぁぁぁぁ!そ……そりゃないわぁ!、そりゃないわ、そりゃないわ、いや、そりゃないわぁぁ……。」
「風来のシレン」というゲームは無情だ。何時間もかけた努力が一瞬にして水の泡になるのが、何の前触れもなく、しかも日常茶飯事的に起きる。そこには一片の思いやりもありはしない。シレンの中の人は残酷だ。冷酷だ。鬼畜だ。鬼畜生だ。諸行無常とかもうとりあえずそんな感じだ。
「シレン」をプレイしたことがある方なら、冒頭のセリフの意味は痛いほどに感じ取ってもらえるかと思う。まぁ、要するに数日の努力を重ねて鍛え上げた最強クラスの武器が、無情なる敵の特殊攻撃によって一瞬にして消え去ったということだ。例えるなら、Lv99まで育て上げた勇者様がセーブされずに停電してお亡くなりになったようなものだ(言いすぎ)。
このゲームに関して言えば、「努力が報われる」なんてことは、ほぼあり得ない。いくら強い武器と盾を持ち込んでも、杖を一度振られただけで眠らされてタコ殴りにされてゲームオーバーになった。敵に剣を弾き飛ばされて見えない敵に当たって無くなった。一瞬の油断と不運が、プレイヤーの明暗を分ける。こんな理不尽なゲームが他にあろうか。
だが、それがいい。
そう、いくら挫折と絶望を味わされても、何故かもう一度挑戦している。そんな魔力を、シレンは確かに持っている。1歩先には終末が待っているかも知れないからこその緊張感。一瞬の油断が先のような絶望を引き起こす。このゲームに「運」の要素が強く絡むのは先に説明したとおりだ。しかし、プレイヤーの「腕」で、その「奇跡」の可能性を上げ、「絶望」の可能性を下げることが出来るのが、「シレン」というゲームの魅力だ。
例えば、私が「絶望」に直面し、完全にサジを投げて隣にいた友達にDSを手渡した。するとどうだ、その友達は見事にその「絶望」を切り抜けて見せた。私は目から鱗が出るような思いだった。まさかそんな神技であの「絶望」を切り抜けてみせるとは。プレイヤーの腕で、「絶望」を乗り越えた瞬間を、確かに私は見た。(食神のほこらで、階段を下りたら広いモンハウで次のターンにまわるポコリンに囲まれて全く身動き取れず(ここで私はサジをなげた)。そこで、鬼面武者の肉を食って殺されては周りにいる鬼面武者から鬼面武者へと乗り継ぎを繰り返し、最後にギタンの上にいたガマラに乗り移ってギタンを盗んでワープで逃げた)
シレンにおいて、どうしようもない状況で死ぬことはむしろ死因の一因に過ぎない。後はプレイヤーの凡ミスによることろが多い。そして、その「どうしようもない状況」すらも、上のようにプレイヤーの腕と機転で切り抜けられることが少なくない。要するに、結局のところほとんどの場合において「絶望」は自分の甘さからくるものなのだ。
冒頭の小話も、結局のところ剣を弾き飛ばす敵がいることが分かっているフロアで警戒せず走り回っていた自分の油断に原因の一端がある。そう、今振り返れば避けられたはずの「絶望」なのだ。Lv99の勇者様が消えるのが嫌ならセーブをしておけばいい。でも、無くしてから振り返っても、もう遅い。しかし、その死はプレイヤーの経験となって、次の冒険に確実に生かされる。二度と私は最強の剣を弾き飛ばされるような真似はしまい。
だから私はまたDSを握る。次こそはシレンの中の人を打ち滅ぼすために。
(※シレンの中の人:昔ファミ通の編集者の間でまことしやかにささやかれた言葉。プレイヤーが絶望するのを計算しているかのように恐ろしい死に方を次から次へと提供してくれることから、「シレンのカードリッジの中には1つ1つに人が入っていて、プレイヤーを陥れて楽しんでいる」という噂が広まったらしい。誌面に載るくらいだから相当なものだろう。昔私もこの記事を読んで大いに同意し、未だシレンの中には人が入っていると確信している。)
[ 2007/2/01 09:21 | ゲームのおもいで | comment(0) | trackback(0) ]
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